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自分の父は15年ほど前に亡くなった。その時から、実家の家と山は私の所有になっている。それ以来、家と山の固定資産税を払い続けている。相続した当初は自分の山があるということで嬉しい気もした。しかし、すぐにこれが負担であることに気づいた。毎年、固定資産税の請求がくる。だいたい、12万円ぐらいだ。

自分が現役で働いている時は、特に負担とは感じなかった。しかし、定年退職してからはこれが負担になってきている。実家だが、水道、電気も止めた。これらの基本料金も払っていない。町内会費も止めてある。固定電話もはずしたし、火災保険も、もうかけていない。でも固定資産税は止められない。

定年退職したら、実家に戻って生活もいいかなと思っていたが、この15年ほどで様変わりだ。実家の村落は典型的な限界集落で、基本的なインフラがなくなりつつある。銀行がなくなり、農協が支所を閉じて、ガソリンスタンドが廃業して、商店街が軒並みつぶれて、と生活ができなくなりつつある。

実家は、これからは別荘として、年に数回は自然と親しむために滞在してもいいかなと思っているが、そのためには実家にある程度の資金を投入してリフォームをする必要がある。でもそのリフォームするだけの資金がない。

実家はまだ必要としても、山は全く不要である。むかし、祖父が山へ行って枯れ木を拾ってきて、風呂やカマドの焚き付けに使っていたが、今はガスを使うので、そんな枯れ木はいらない。父は木を並べて椎茸を作ったりしていたが、まあ、趣味として山いじりはいいかもしれない。

数年前に親戚の人に山を買わないか持ちかけたが、親戚の人の話だと、この地域は、山を売りたい人ばかりで、売買の市場が成立しないそうだ。むかしは山の木を切って林業が成立したが、山奥の木では運びだすのが一苦労で、そもそも、人手がない。老人ばかりの村落で、木材を切ったり運んだりする若い人がいない。山を持っている意味がなくなってきたそうだ。

mkolli / Pixabay

固定資産税のかかる山を人は売りたがる。ちょうどババ抜きのババの押し付け合いのようだ。連想したのは、湯沢温泉のことである。レゾート型マンションがたくさん安く売りに出されている。マンション一つが10万円という超破格の値段で売りに出されている。でも、一旦購入したら、月々の管理費、税金で、ひどい目にあうそうだ。

自分のこれからの生活設計をしなければならない。そんな時に、毎年、不要な山のために、12万円も固定資産税を払うわけにはいかない。親戚の人は金を持っているから、買ってくれないかなと思う。いや、タダで提供するといえば、喜んで引き受けてくれるかなと考えたりしている。

この財政状況では、1円でも出て行くお金を減らしたい、徹底的な節約生活を送りたいと考えている。

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