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2015-10-17

『氷の福音、《天地真理》をめぐりたる象徴学的研究』を読み続けている。p.48 に次のような文章がある。

《天地真理》とは、《時間》なのだ。
刻々と過ぎゆく《時間》こそが《天地真理》なのだ。
なにゆえに、執拗なまでに天地真理は《別離》《孤独》追憶》を歌うのか。
それは、《天地真理》がとりもなおさず流れゆく《時間》を意味するからだ。

ここで途中6行を省略する。

念入りに聞き込んで見れば、天地真理の歌う曲のどれもこれもが、《さよなら》づくしであることがわかるだろう。常に《無常》を歌っているのだ。輝ける青春を歌っているかのような場合でさえ、その歓喜の瞬間を惜しむかのような、つまり、すぐさま過ぎ去ってしまうことを先刻承知でいるかのような、そんな歌詞であり、歌いぶりとなっているのだ。しかもそれを悲しげな表情をこれっぽちもさしはさむことなく莞爾とした笑みを堪えつつ歌うのだ。

何となく分かるような気がする。私なりに解釈すると以下のようになる。「天地真理は非常に美しかった。しかし今はその美しさを保っていない。そのことから、女性の美しさは一瞬の輝きであり、若さは一瞬で過ぎ去る。その意味で天地真理は「はかないもの」の象徴である。しかし、天地真理はすでにそのことを知っていた。若い時に一生懸命に歌っていた時も、自分の若さや美しさが一瞬であることを知っていた。それゆえに、その事実を従容と受入れていた。」

著者である塩崎雪生氏は「天地真理の歌う曲のどれもこれもが、さよならづくしである」と言っているが、これは天地真理が選んだわけではなくて、彼女の所属する音楽事務所が決めたことである。音楽事務所では、彼女のイメージや当時の大衆の好みから判断して、作詞家と作曲家に適切な曲の制作を依頼する。天地真理は与えられた曲を歌うだけである。

塩崎雪生氏は天地真理の若いころのイメージは永遠であり、実物の天地真理は老いていっても、そのイメージを自分は大切に守る、と言っているのではないか。

ガールズチャンネルで天地真理をコメントしていると聞いて早速読んでみた。その中に次のようなコメントがあったので紹介したい。

ずーっと前に浅草のブロマイド屋さんが言ってたんだけど、
男性って女性のアイドルを好きになったら
心の中の聖域に入っちゃうから、古いブロマイドでもずっと売れ続けるんだって

でも女性は、男性アイドルを好きになっても
ある時期にパッと見切りをつけて次のアイドルに移行したりするから
男性アイドルの古いブロマイドは、ぜんぜん売れないそうです。

この文章を読んだ時に、塩崎雪生氏を思い出した。天地真理は塩崎氏の心の中に入り込んでいる。そう同氏の聖域に入り込んでいる。そして、自分の持てる博識・論理を駆使して天地真理を賛辞している。完全な神格化である。

123ページに天地真理の家系図がある。それによれば、天御中主神(あまのみなかぬしのかみ)から続く家系で皇室よりも尊いと主張する。塩崎氏は天地真理をイエスと言ったり、天御中主神の血を受け継ぐと言ったりしている。面白い本なのだが、どうも私には、首をかしげる点もある。自分も天地真理のファンなので、塩崎氏の主張には共感する部分もかなりあるが、ここまで神格化するのかと驚いてしまう。