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2015-10-18

『氷の福音《天地真理》をめぐりたる象徴学的研究』を読み続ける。なお、この時点で筆者の塩崎雪生氏から連絡があり、その指摘に基づき、2点ほど修正を行う。

一つは自分は引用が不適切であった点だ。たとえば、「《天地真理》とは、《時間》なのだ。」という文を引用するときに、「天地真理とは、時間なのだ」というように、カッコを抜かして引用してしまった。カッコがある場合とカッコがない場合では、意味するところが異なるとの筆者からの指摘であり、それらは全てカッコをつけて訂正した。

もう一つは、天地真理が甲状腺異常で入院したというのは事実ではなくて、休養を取るためであったことを、筆者は知らなかったのではないか、という風に私は記述したが、この点は不正確であるとの指摘があった。再度、読み直すとp.269には、天地真理自身が(入院のことを)「なんでもなかった」と語ったことが言及されている。

甲状腺異常が原因で入院したのではないと天地真理が発言していることは、筆者が十分に承知の上でこの本を執筆されたとのこと、私の読み落としであり、不明を詫びるとともに、元の文にはその旨を補足として付け加えた。


今日はp.107の記述を紹介する。「天地真理の魅力は、女性としての Sexulaitätの横溢であるよりも、赤子のような無邪気さ、すなわち無性的な《生の愉悦》そのものの表出にあったのである。」

この文の前には、天地真理が白雪姫と呼ばれていたことが述べられて、白雪姫はグリムの童話では、Schneewittchenと綴られる。ドイツ語には名詞には男性名詞、女性名詞、中性名詞とあり、この語 Schneewittchen は中性名詞である。この語が中性名詞であることを手掛かりに、女性性よりも中性性が天地真理を形容するにはふさわしいとの論理の流れだ。

ここで自分語りを許してもらいたい。天地真理に対して、当時、自分が感じた印象は「すがすがしさ」「清潔感」である。「女性らしさ」とか「セクシー」という印象は受けなかった。もちろん、それは音楽事務所の売り出し方針であったのだろうが。

「天地真理は中性的(無性的)である」という点は非常に共鳴を覚えるのである。しかし、中性的であるがゆえに、より女性的な面を感じるといったらいいのか。自分が感じたのは、「聖的」な感じである。男は大なり小なり女性に神秘性や聖性を感じる。その対象に、当時の自分には、天地真理がうまく嵌ったということだろう。

塩崎氏の本を読み進んでいくが、いろいろと自分も勉強しながら読んでいるので時間がかかる。自分の知らない本からの言及の場合は、ネットで調べたりするので時間がかかる。

photo credit: Meeting Snow White At Character Fan Weekend via photopin (license)
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