将来の年金制度に対して悲観する人も多い。これだけ若者が減ってくると国の経済が衰えてくる。ごく少数の若者でたくさんの老人を支えるのは難しくなるという理屈だ。

ただ、自分はこの点に関して、最近、少々考え直した。それは機械化の進展とAIの進化である。スーパーでは、最近は自分で行う精算が広まりつつある。自分で商品コードを読み取らせて機械が計算して自分でお金を挿入するのだ。

銀行の窓口でもお金の出し入れはATMだ。先日、海外に行った時は、座席の予約は機械で行った。自分のパスポートを読みこみさせて希望の座席をパネルタッチすると搭乗券が出てくる。もう、空港ではグランドスタッフも必要なくなってくる。

以前から、第二次産業では機械が代わりつつある。ロボットが行なっている。自分は昔工場で働いていたことがあった。そこでは、ベルトコンベアーにたくさんの人が並んで、製品を作っていた。ところが、ある日、ロボットが導入されて、完全自動化の工場になってしまった。たくさんいた従業員たちはほとんどが不要になってしまった。

この自動化が第三次産業にも及んで来たのだ。スーパーのレジ、コンビニでは自分でボタンを押して100円コーヒーを飲む。郵便は最近はメールで行う。年賀状の配達も減りつつある。郵便局のバイトも以前ほどは必要なくなってくる。

要は、人出が減っても機械が代用してくれる。そして、少々難しい仕事でもAIが行うことができるようになった。

あとは、介護ロボットが普及してくれればと思う。老人のオシメを自動的に変えてくれるロボットである。自分で排便できなくなった人に対して、浣腸を行うロボットである。これらは難しいかもしれない。こんなことまでロボットが行えるようになれば、人手不足なんて恐れることはないと思う。

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ロボットとAIによる置き換えが進んでいる。でも、人間はある程度はデジタルに対する知識を持たないと生きていけない。AI化の時代は、人間も対応して知識を持たなければならない。老人もデジタル化に対応できないといけない。

そんなことを考えたら、社会は何とか維持できることに気づいた。それは年金制度が維持されることである。若者が減っても、ロボットとAIが代用してくれる。科学技術の進歩は少子化の懸念を拭い去ってくれる。そんなことを考えたら、ちょっと元気になった。