清潔好きなのはいいのか。
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清潔好きの家族には困ったものだ。家内と二人の息子たちは清潔に関する態度は自分とはかなり異なる。世代によって異なるようだ。自分の母は昭和のはじめに生まれたので清潔さには無頓着なところもあった。父親もそうであった。

昔は清潔さなどは手に入れたくても手に入れないものだった。朝起きて、粗食を喰らい、粒状の歯磨き粉をブラシにつけて磨く。トイレは昔風のボットン便所である。トイレに何か物を落としたりすると大変であった。スリッパを落とした時に、父親がトイレの穴をのぞいて素手で掴んでいたことを思い出す。

今の人はどうか。息子たちは毎日寝る前に必ずシャワーを浴びる。大便をしてトイレから戻ると石鹸で手を洗う。

外出するときは口臭を消す薬のような液体でうがいをする。鼻毛などもこまめに切る。服もちょっと汚れると洗濯だ。脇の下に臭わないように消臭クリームを毎日脇の下に塗る。

家内も似たような生活態度だが、息子たちはもっと徹底している。とにかく、昔と比べると生活が豊かになり、身の回りに気を配ることができるようになったのだ。

私の母は若い頃はニワトリをさばいたそうだ。もっとも自分でさばいたと言うよりも祖母がさばく手伝いをしただけなのだが。魚の内臓を取り出すのも平気だ。田舎に住んでいたので、動物の死体を見つけたときは、穴を掘って、死体を埋めて始末した。

この前に若い女性に魚の料理法を聞いたら、内臓は自分では綺麗にできないので、魚屋さんにお願いしていると言う。今の女性がニワトリをさばくなどは絶対に無理だろうと思う。

私は父母の世代と息子たちの世代の中間なので、私の生活態度を家族たちはよく不潔だと文句を言う。もう少し、清潔な態度を取れと言われる。それはそれでいいのだが、自分が心配することが一つある。それは自分が寝たきりになったら家族は介護をしてくれるのかなという心配だ。

母がかなり弱ってきたときは自分が面倒をみた。汚れた下着を洗濯したり、体を拭いたりと、実子である自分が行った。私の母の世話は家内には無理であった。そして、どうしても手に負えなくなった時に、介護施設に入れたが、それまでは面倒をみるのは自分が行った。

さて、自分が寝たきりになったら、息子たちや家内は、自分の汚れた下着やシーツを洗濯したりしてくれるか。どうも、無理ではと思う。そんなこともあって、自分の老後は施設に入るしかないと思うのだ。でも金がない。今は、そのための貯金をしなければと思っている。家族に迷惑をかけないで、急死が望ましいのだが。

geralt / Pixabay