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義姉は昨年の秋頃、お腹の調子が悪いので内科に行った。そしたら、そこの医者から婦人科に行くように勧められた。そしたら、婦人科の医者は、義姉の病状は子宮頸がんとの診断だ。医者の見当では、ステージ4であるとのことだ。来月はじめに手術の予定だ。

手術の前に化学療法・抗がん剤の投与を何回か行って、がん細胞を小さくしてから手術を行うそうだ。手術が無事に済んだら、基本的にはあとは徐々に治癒していくはずだ。

現在の義姉は化学療法の副作用で苦しんいる。髪はすべて抜け落ちて、丸坊主である。外出にはカツラをかぶっている。

そんな義姉の所へ、親戚が見舞いに行った。そしてその報告によれば、義姉は顔色が悪くて(黄色になっている)、そして義姉は腹が張ると訴えているそうだ。親戚の人は、最悪のこともありうる、と家内に言ったそうだ。

ステージ2ならば、まだ初期段階ではと思うのだが、医者が言うには、開腹してみなければ本当のステージは分からないそうだ。開腹してみたら、もっと悪いステージであることが分かることもありうるのだ。

そんな話を夕食の時に、家内から聞いた。義姉はシングルマザーで今まで頑張ってきた。幸いにもガン保険に入っていたので、今回の病気には何とか金銭的には乗り切れそうだが、肝心の体力の方が続くのかどうか。

私も家内もいわゆるガン年代で、人のガンの話を聞くと、こちらも影響を受けて沈痛な思いになってしまう。

若い頃の自分は時々自分がいつか死ぬのだという現実に恐怖を覚えたものだった。死ぬことは、無限に意識がなくなることだ。自分という意識が永遠になくなるのだ。そのことに圧倒された。

不思議なことに自分がシニアになり、死が身近になってきたら、死の恐怖が薄れた。少しは覚悟が付いてきたように思うが、でも、やはり死は怖い。人の死も、自分の死も怖い。

義姉の病気の話をしながら、そんなことを考えた。解決策のない話、すべてが八方塞がりな状態、義姉は健気に堪えているなと思う。自分だったらもう持たない気もする。

skeeze / Pixabay
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