外の世界を知らないと
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2016-08-30

ニワトリ小屋には何万ものニワトリがいる。近代的な鶏舎は外部と全く切断されている。ニワトリたちは、ひなからかえると、オスのひなはシュレッダーにかけられて処分される。メスのひなは金属製のケージに閉じ込められて、自分のスペースは30センチほどか、そこからただ餌を食べるだけの一生になってしまう。

最近は野生の鳥がウィールスを持ってくるのを避けるために、窓を取り付けない鶏舎も増えている。温度管理や日照時間の管理も窓無しの鶏舎で飼う方が管理しやすいということだ。

こんなところで、育てられたニワトリはつまらない一生だと思う。庭先に飼われているニワトリは、まだ自然と接するチャンスがある。虫を追いかけたり、他のニワトリと遊んだりできる。いずれ絞められて食べられる身の上であるが、生活にそれなりのバリエーションがある。

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photo credit: 8 weeks old via photopin (license)
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この窓のない鶏舎で飼われるニワトリは、まったく外の世界を知らないのだ。そして、ただ餌を食べて卵を生むだけである。太陽や青空を見ることはない。何という一生かと思うと息が詰まる。

ある独裁国家に生まれた青年がいるとする。彼はひたすら国家の送り出す宣伝メッセージを聞くだけだ。取捨選択の余地はない。自国は素晴らしい。自分たちは幸せな世界に住んでいる。そして、お上の言うことをただただ従えばいいのだ、という教育を受けてきた。

彼には、選挙という概念がない。国家を変えようといういる気持ちなど生まれない。政治に関する教育を受けていないのだから、何をどのように考えたらいいのか分からない。

彼は自分が貧しい生活をしている。生きるためだけの労力で体が疲労困憊だ。でも、問題解決のよりどころが分からない。そもそも自分がどのように貧しいかもよく分からない。

でも、人間はニワトリと異なり、いつまでも鶏舎に閉じ込めておくわけにはいかない。SNSや稀に海外に出た人たちから漏れてくる外の世界の素晴らしさを徐々に知っていく。ある日、人々の不満は爆発するだろう。独裁国家はいつまでも人々を無知の状態に抑えておくことはできない。

そんな時に独裁国家が行うことは、外敵をつくることだ。共通の敵、国内が団結できる仮想敵を作ることだ。何も知らず、外界を知らない人々は、その仮想的を憎むことで鬱憤をはらすのだ。

などと、今日は妙なことを書いてしまった。鶏小屋のことを考えていたら、人間のことまで考え及んでしまい、気持ちが落ち込んでしまった。自分がニワトリならば、狭い小屋から何とか逃げだそうと画策するだろうな。でも、そもそも、外界が存在するということさえ知らない。一生で見ることがあるのは、仲間のニワトリと薄暗い小屋の内壁と電灯の明かりだけなんだろうな。