小学生の自殺、ノーベル賞
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今日は日曜日、久々ぶりに川沿いを散歩した。所々で、畑をしている。日曜日なので、夫婦で自分の家庭菜園の手入れをしている人々が目立つ。正確に言うと、土手の内部なので、不法占拠なのだろう。しかし、お役所はこのあたりおおらかなのだろうと思う。

そして、ジョギングしている人が頻繁に走っている。自転車に乗ったサイクリストも行き来する。多くは、サイクリストの格好で、ヘルメットをかぶっている。ヘルメットは何という名前なのだろう。恐竜の頭みたいなヘルメットをかぶっている。ママチャリの人は少ない。

自分はもう少し体重を減らしたいと思う。あと、5キロ減らすのだ。すると散歩しても膝が痛くならないだろうし、自転車も軽快に飛ばすことができるだろう。

川沿い、土手の内側、家庭菜園がある。
川沿い、土手の内側、家庭菜園がある。

平和な光景だが、イギリスのBBC ラジオを聞いていたら、シンガポールで小学生が学校の成績が悪くて自殺したというニュースを報じていた。シンガポールや、韓国、中国、日本は、学校の成績が非常に大切とされる文化であるそうだ。

良い大学に行って良い会社に行くことで、その人の一生が決まってしまう。日本では、現在は昔ほど受験競争は厳しくないと思うのだが、シンガポール、韓国、中国では、現代でも、あいかわらず厳しい受験競争がある。

「イギリスでは、学校の成績が悪いからと自殺するなんて考えられない」と解説者は述べていた。たしかに、それが普通なのであろう。何で、東アジアでは、学校の成績はすべてになってしまったのだろう。

私はむかし、シンガポールの小学生の考えに関する本を読んだことがある。それによれば、シンガポールの小学生は親が死ぬことよりも、学校の成績が下がることの方を恐れているそうだ。そんなに受験は過酷なのかと驚いたことがある。

しかし、そのおかげか、シンガポールや韓国、中国、日本は経済力、科学力で他国を凌駕しつつある。高い教育水準を武器にして、高品質の商品を輸出している。これらは厳しい受験競争が元にあるとも考えられる。

でも、ノーベル賞クラスの研究は、のびのびとストレスを感じないで勉強してきて始めて可能になると思う。日本は今はノーベル賞を多く受賞しているが、いつまで続くか分からない。欧米のように、自分のために猛勉強の方が、長い時間を掛ければ成功するのではないか。他人に打ち勝つために、いやいや猛勉強するのは、その人のためにも、社会のためにも害毒である。