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昨日のブログに三原じゅん子の結婚の話を書いた。女性がかなり年長の結婚でも全く問題ないと述べた。

それで、自分がその立場ならどうなるのかと考えた。三原じゅん子の場合は24歳年上だそうだ。

自分は今、66歳なので、すると24歳年上となると、相手の女性は90歳ということになる。これはかなりキツイなと正直に思う。

まあ、女性でも90歳となると、その年まで生きるのは難しいかもしれないが。

 

先般、むかし仲の良かった女性と会う機会があった。自分よりも4歳年上だ。その人に憧れていたのだ。

それで、会う機会はあったのだが、結局は、忙しさもあって会えなかった。

でも、それでよかったと思う。現在、その人は70歳である。

70歳の女性は、半世紀前の若さ、美しさを保つことはできない。

その人に会っていれば、失礼な言い方になるが、やはり自分はガッカリしただろうと思う。

その人の内面がいかに素晴らしくなり、円熟した雰囲気をかもしだしていたとしても、自分は何となく失望感をいだいたのではないか。

 

美しく老いる。これは難しい。男も同じだが、上手に老けていくことは必要だと思う。

結婚した夫婦で長い間一緒にいれば、互いの老いを一緒に受け止めることができる。

それとは異なり、半世紀ものブランクがあって会うのは、その点で、難しい面がある。

 

むかし、40代の女性がいた。その人は女性は化粧をすべきでないという信念の持ち主だった。

化粧は男性への媚びへつらいであり、解放された現代女性は化粧などに関心を持つべきではない、という考えだったのだ。

でも、40代の女性がノーメイクで会合に出ると、かなり異様な感じがした。

自然の美しさよりも、自然の荒々しさ、野蛮さが目立つのだ。他の女性たちは念入りにお化粧をしているので、その差がすごかった。

その人のことを時々思い出すが、まさしく孤高の女闘士という感じだった。

 

何十年も前の中国だが、男も女も同じような人民服を着て、女性もノーメイクだった。

外国人からの、結婚相手についてのインタビューでは、異口同音で「この中国では、外見で結婚相手を決めることはしません。自分たちにとって、最も大切なことは相手の思想的な深さです。どれくらい共産主義の信念を抱いているかという点です」と答えていた。

この回答を聞いて、自分は相当に無理をしているなと感じた。

そのような教育を受けた、あるいは外国人からインタビューされたらそのように答えるように指示されているのだと感じた。

そんな中国もいまでは女性も派手な格好と化粧をするようになった。

photo credit: FoxSchumacher 园田海未  白色情人节觉醒 cosplay via photopin (license)
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