結婚相手や職業は、納得出来るまで捜し求めるのか。
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芸能界ではよく離婚がある。二人とも芸能人でうまく続いている例は、三浦友和と山口百恵ぐらいではないか。少なくとも一般の夫婦よりも離婚の可能性が高い。その理由としては、女性に経済力があることが第一の理由に挙げられるのではないか。

自分でも十分に生きていけると思えば、女性も「はい、はい」と男性に頭を下げたりすることはしない。一般の女性が離婚が怖いのは、次の日からの生計のことを考えるからであろう。ましてや、専業主婦であれば、旦那と大げんかしても、離婚まではためらう。やはり、離婚に伴う経済的苦難は避けたいと思うのだ。

ところが、女性が芸能人であったら、どうなるか。自分には芸能人としての美貌があり、いくらでもファンが付いてくる。金も十分に持っている。しかも芸能界では離婚はタブーではない。いくらでも離婚の事例は転がっている。むしろ、芸能界では添い遂げる方が稀である。そうなるとためらうことなく、離婚となる。

そして、自分が本当に気に入った相手と出会うまで、いい人と出会うまで、安売りはしない。芸能人にはそのような行動を可能にする財政的な裏付けがある。

アメリカでは、男女ともに自分が納得できる相手と出会えるまで何回でも結婚と離婚を繰り返すそうだ。そのために大胆に行動することをためらわない。しかし、日本人はそんな風には考えない。一回失敗すると結婚とはこのようなものだ。もうこりごりだと考えてしまう。

職業に関しては日本人の考え方も少しづつ西洋風になってきている。自分に似合う職業が見つかるまで、何度でも探す若者が増えてきた。そして、仕事を求めるかたわら、自分とは何か、を探し続ける。

江戸時代はそんな悩みは存在しなかった。職業は親の仕事を受け継ぐのが当然だった。自分の適性を考える贅沢はなかった。結婚相手は親の決めた相手と添い遂げるのが普通だった。

自分の職業への不安、結婚相手への不満があったとしても、現状を続ける前提で、その枠内での改善策を考えるのが普通だった。

でも、今の世界は変わってきつつある。日本人が江戸時代風の考えから現代的=西洋風の考えに移りつつある。やはり社会がそれだけ、経済的に豊かになった。職を変えるにしろ、求職の時期を支えるだけの貯金が可能になった。離婚しても、とにかく何とか生計は成り立ちそうになった。自分探しが可能になったのだ。

日本人の女性も、かなり女性の芸能人のように行動できるようになった。つまり、ある程度の資金力を持つようになったのだ。

しかし、どんな職業についても、どんな相手と結婚しても、さほど変わらない気もする。これが自分の天職だ。この人が理想の相手だと信じ込んで日々おくる方が幸せのようにも感じる。

今の仕事以外の理想の仕事があるのでは?今の相手以外の理想の相手がいるのでは?などと幻想を信じて日々悶絶するよりも、江戸時代風の考えがより健全とも思う。どうだろうか。

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夫婦助けあって