結婚したくない人が増える。ベッキー、加藤紗里など
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2016-02-13

最近の不倫騒動だが、第一弾がベッキーと川谷絵音、第二弾が狩野英孝と加藤紗里、第三弾が宮崎謙介議員宮沢磨由と連続的に出てきた。

特徴としては、第一弾と第三弾はかなりバッシングを受けた。しかし、第二弾はあまり非難は受けていない。狩野英孝は二股、三股、四股と何股か分からないほどに複雑な恋愛関係だが、独身だからということで許されている。

両者の違いは「結婚しているかどうか」ということである。不倫という限りなく私的なことに、外野が大騒ぎをする。特に結婚をしているならば、制度違反ということで、執拗な非難を外野からも受ける。

若い人たちはこの現象を見てどう考えるであろうか。「結婚をすると、やばい。重大な責任を負うことになるのだな」と感じると思う。「狩野英孝スタイルの生活が気楽で、責任がなくていいな」とも考えるであろう。

結婚という制度は、浮気がちな男を社会がきちんと家庭に縛り付けて、女性が安心して出産、育児に専念できるようにしている制度である。この制度が崩壊すると社会は崩壊する。育児・教育に膨大なエネルギーをつぎ込むことができなくなった社会は、少子高齢化が進むだけである。

人々が結婚という制度にとらわれない自由恋愛に進むのは社会全体としてはゆゆしきことだと思う。人類が何千年と試行錯誤を続けて確立したこの制度だが、人類史上はじめて揺らぎ始めている。それはマスコミの威力の強化、社会全体の互いの監視力の強化が原因であろう。つまり違反したときのペナルティーが厳しくなってきたからである。

互いにモニターカメラで監視し合う社会。何かあれば週刊誌にたれ込む。テレビのワイドショーで取り上げられる。それを観て楽しむ外野たち(私もその外野の一人だが)。そしてヒステリックなバッシングがおこる。

普通の人はどう考えるか。面倒くさいことは避けたい。とにかく、目立ちたくない、目立つというストレスから逃れたい。という風に考えるのではないか。

これからの社会は自由恋愛に進むであろう。結婚制度が機能しなくなると、子育ての放棄の現象も出てくるであろう。これからは、子育ては社会全体の責任として社会全体で担当していく必要がある。同時に、介護や看護も社会全体の責任となっていく。

こんな相互監視の強い世界に平気で生きていけるのは、ホリエモンか橋下徹のように心臓に毛が生えた人たちだけであろう。

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