2016-06-05

モハメドアリが世を去った。74歳であり、呼吸器の病気から生じた敗血症であると報じられている。彼は3度ボクシング、ヘビー級の王者に輝き、また彼の発した政治的なメッセージは多くの人々の共鳴を呼び、世界的に有名なスポーツ選手であった。

また、彼はパーキンソン病にかかり、それに苦しんだのだ。YouTube で彼のインタビューの動画を見ると、ゆっくりと小さな声で話して生気が見られない。彼の元気な頃の饒舌を知っている人間からするととても淋しいことであろう。

彼の有名な試合は、アフリカのキンシャサで1974年に行われたものである。対戦相手はジョージフォアマンである。彼は若くてアリよりも7歳も年下だった。当時、アリは全盛期を過ぎたと考えられていて、多くに人はフォアマンの勝利を予想していた。

しかし、対戦は人々の予想を覆した。アリの戦法はロープに寄りかかり、フォアマンからのパンチをブロックしたり、ロープに寄りかかって体を傾けることで、パンチの勢いを減らしたのである。

YouTube の動画を見ても、フォアマンが一方的にパンチを浴びせ、アリは防戦一方のように見える。しかし、これはアリの作戦で、フォアマンを消耗させることが目的だったそうだ。(若い精力的なフォアマンと対等に勝負するより、相手の消耗を狙う、頭脳作戦であった)

そして、第8ラウンドでアリは疲れて体力を消耗したフォアマンに強力なパンチを浴びせる。これが効いてフォアマンはノックアウトされたのだ。これは「キンシャサの奇跡」と呼ばれている。世紀の大試合であった。

モハマドアリは幾つかの話題を提供してくれた。イスラム教に改宗して名前をモハマドアリに変えたこと。ベトナム戦争への徴兵を拒否して、3年7ヶ月ほど試合に出れなかったこと、黒人差別と戦ったことなど、で有名である。日本人の多くは、アントニオ猪木との試合(自分はあの時に実況放送を見たが、猪木は床に横になってアリを捕まえようとしている変な試合だった。派手な立ち回りを期待していた観衆はガッカリしたようだ)を思い出すであろう。

彼の葬儀は故郷のルイスビルで行われるそうだ。クリントン元大統領も葬儀に参加するとのことだ。世紀のボクシング王者の死去を悼みたい。

photo credit: Muhammad Ali: the People’s Champion via photopin (license)
photo credit: Muhammad Ali: the People’s Champion via photopin (license)