決断をすること、明智光秀、太平洋戦争
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2016-06-21

明智光秀の本拠地であったお城は亀岡市にある。ときどき車で亀岡城(昔は亀山城と言った)を探すが見つからない。城跡は大本教の宗教本部となっていて、たとえ見つけたとしても中に入ることはできないのだが。

明智光秀の生涯を考えるときに、いつも「決断」ということを考える。決断の大事さとその決断が間違っていたときの対応はどうなるか考えるのだ。光秀が織田信長を討とうと決めたときには、何人かの側近に相談している。どの側近も諫めたのであるが、結局は彼は「謀反」の決断をした。

彼はその大博打に破れた。そして、彼に付き従った側近、武士たちの人生も劇的に変化したのだ。多くは討ち死にしたり逃亡したりした。

先般、市丸が近衛文麿の愛人であったことをブログで述べたが、その時に、当時の日本の指導者たちが対米戦の決断をしたことを述べた。個人の決断はどの様な決断でもいいだろう。会社を辞めようが、脱サラして新規事業を始めようが、それはその人だけが責任を取る事柄である。もっとも、家族なったどは巻き込まれるのだが。ただ、政治家の決断はきわめて重い。

太平洋戦争を起こすと決めたのは、誰なのか。東条英機か。その他の軍人か政治家たちか。何となく対米戦に向かったという印象を受けるのだが、近衛文麿が「止める」という決断をしなかったのは事実のようだ。

政治家は、その判断、決断で、国民の多くが影響される。その影響度はきわめて大である。あらゆる職業の中で一番重要なものであると思う。

しかし、現在では政治家がその政治的なセンスで判断されることは少なくなってきた。それは、国民に伝わるその政治家に関する情報が少ないからだ。またマスコミが肝心な点を報道することが少ないのである。

夫として選ぶならば、その人の女癖などが大切な判断基準である。しかし、政治家を選ぶときは、女癖や不倫の情報しかマスコミが提供しないのでは困る。

不倫などの記事はたくさん売れる。一般大衆が求めているからだ。それゆえに、マスコミはその線狙いでの報道作りに専念するゆになる。つまり、そのようなマスコミを存在させているのは我々国民の責任でもあるのだが。

ともかく、政治家に関しては、その政治的なセンスに注目して報道すべきと思う。彼らのくだす「決断」が誤ったらこの国を潰してしまうかもしれない。

photo credit: Japanese Army Unit Photo, 1933 via photopin (license)
photo credit: Japanese Army Unit Photo, 1933 via photopin (license)