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2016-08-07

むかし、新潟の上越という町に住んだことがあった。大変な豪雪地帯で、年によっては、二階まで雪で埋もれてしまうという話だった。私が住んだのは1年半ほどの期間だったが、その時は幸いにも冬はそんなに雪も降らず、比較的に楽に過ごせた。

その頃、友人たちから「越乃寒梅」というお酒の話を聞いた。とてもおししいお酒で、たいへんな人気で蔵元には注文が殺到している。一本が1万円以上して、注文しても手に入るのは数年先だ、というような話だった。話半分としても大変なお酒なのだな、と感じたが、その時は、話を聞くだけだった。

それから数年して家族で上越の国民宿舎に泊まることがあった。すると、メニューに「越乃寒梅」と書いてある。どんなお酒か、以前聞いた友人の言葉を思い出して、注文した。徳利一本で800円で、普通のお酒よりは値段は高めだ。

それで飲んでみる。独特のまろやかさがあって確かに美味しい。家内も美味しいと言う。ただ、「滅多に手に入らない幻の名酒」という評判が強烈なので、脳内補正で美味しいと感じているのかもしれない。

さて、昨日、イオンで買い物をしていたら、お酒がたくさん売り出していた。その中にも越乃寒梅があった。

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値段も1830円と手頃な値段だ。もちろん一升瓶ではなくて720mlの大きさであるが。そこに「すっきりとして力強く、後味に跳ねるような余韻が残り、爽やかさが感じられるお酒です」と値段の下の説明に書いてある。

説明は美味しそうなお酒だと感じさせるが、これは、よく考えたら、単に美辞麗句を並べて何も言っていないのに等しい。キリンの一番搾りを「すっきりとして力強く、後味に跳ねるような余韻が残り、爽やかさが感じられるビールです」と評しても、別に違和感はない。

要は、お酒は味だけではなくて、雰囲気を楽しむために飲むのだ。「幻の酒を飲んでいる自分、すっきりと力強いお酒から、自分も何だか元気をもらえそうだ」などと感じて飲むのだ。

ところで、自分はこの日は白鶴の小瓶を購入した。大きな瓶を購入すると、飲みすぎる傾向があるので、小瓶だけを購入するようにしているのだ。小瓶ならば飲みきって仕舞えばそれでおしまい。もっと飲みたいと思ってもない。余分なアルコールは置かない主義にしている。

さて、白鶴の小瓶だが、冷酒として飲んでゆく。昨晩は結構いい気持ちになって、食後に早々と床につく。こんな風に、あんまり思い煩うこともなく、酒の小瓶をゆっくりと味わいながら、食べていく。こんな風に残りの人生が静かに過ぎていくことを願う。

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