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お盆で故郷に帰った。高速道路を使ったが、途中で何十年も昔の曲を録音したMDを聴いていた。最近はMDプレイヤーも生産中止となり、MDを聴くのは難しくなった。自分の車は古い車だからMDを聴ける装置が付いている。とにかく、昔の曲を30曲ぐらい繰り返し聴きまくった。その中の『港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ』について一言。

Nicooografie / Pixabay

1975年にヒットした『港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ』は一回聴くと忘れららない。それくらいインパクトが強い曲だ。しかも聴けば聴くほど、謎が深まるのだ。歌は、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドでボーカルと作曲は宇崎竜童(うざき りゅうどう)で、作詞は阿木燿子(あきようこ)だ。二人は夫婦だ。

一寸前なら憶えちゃいるが
一年前だとチトわからねエなあ
髪の長い女だってここにゃ沢山いるからねエ
ワルイなあ他をあたってくれよ
アンタ あの娘の何んなのさ!

冒頭から、ストーリーが始まる。この曲の魅力は要はこの作詞部分だ。聴き手は謎をかけられたようで、そして、この曲が展開する中で、主人公ははたして求める女性と出会うのか、と興味をそそられる。

歌詞の一番は、1年前の話だ、次の2番では半年前の話だ。そして3番目では、3ヶ月前、4番では一ヶ月前、そして5番では、たった今まで座っていた、と主人公がだんだんと探している女性と近づいて来るのが分かる。聴き手は最後は二人が出会って、ハッピーエンドかなと期待してしまう。

結局は、主人公は探している女性と出会えたのかどうか分からない。また女性と主人公はどのような関係か、惚れていたのか、単なるストーカーか、元カレと元カノの関係か。全然わからない。

要は、聴き手に想像を任せる終わり方だ。これは上手な終わり方だと思う。全てを語らないで、余韻を残すのだ。聴けば聴くほど、この曲の構成の緻密さが見えてきて面白い。

こんな風に歌詞だけで、聴き手を唸らせる曲は珍しい。歌詞だけで唸らせるのは、『シクラメンのかほり』のような悲恋風の歌詞である。聴き手は、二人の間のストーリーを想像して、なにやら切なくなるのだ。でも全然雰囲気が異なる、こんな歌詞でもヒットするのだ。

『港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ』では、マネージヤーのヤクザ風の言葉でかなり危ない世界の話だなと感じてしまう。自分が普段は知らない世界なのだ。

でも、ちょっと好奇心から覗いてみたいと感じる。要は自分が知らない世界の物語なので、却って関心が湧くのだ。そして、その世界でも男女の間には、ある種の情熱があるのだ。そんなことを気づかせてくれる曲だ。


そんなことを考えながら運転をしていた。お盆で普段よりは車の数は多い。たくさんの車が前後にある。音楽を聴いている人もいるだろう。でも、『港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ』を聴いているのは自分だけかな。

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