京都というブランドに免疫ができた。
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自分は数年前まで京都に住んでいた。だいたい、10年間ほどであった。最初に京都に住み始めたときは、軽い高揚感をいだいた。いよいよ、憧れの京都に住むのだという気持ちであった。最初の1年間は金閣寺や銀閣寺、宇治平等院、上賀茂神社、下鴨神社などが目新しかった。なんでも面白かった。

昔好きだった曲に、チェリッシュの『なのにあなたは京都にゆくの』がある。歌詞は「私の髪にくちづけをして、かわいいやつと私に言った。なのにあなたは京都にゆくの。京都の町はそろほどいいの。この私の愛よりも」で始まる。女性との愛よりも京都の町の魅力はそれほど深いということだ。当時の私は、好きな女性よりも京都を選ぶ、その魅力の深さに驚いたものだった。

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渚ゆうこ『京都慕情』も好きな曲だった。「あの人の姿 懐かしい 黄昏の河原町 恋は 恋は 弱い女を どうして泣かせるの?」というような歌詞である。この中には、「東山」「桂川」「高瀬川」というような自分がよく訪れた地名も出てくる。1970年にはやった曲であった。自分が二十歳ぐらいの時のヒット曲である。渚ゆうこには『京都の恋』という歌もある。この曲もテンポがよくて好きな曲であった。

一度彼女がテレビの質問コーナーに登場していろいろな質問を受け付けるのだが、「昔、分かれた恋人がいるそうですが」との質問に動揺して、大泣きになってしまい、そのコーナーは慌てて中止になったことを思い出した。渚ゆうこには恋人がいたが、彼女の曲が大ヒットしたので、多忙になり、恋人は去って行ったという経緯があるそうだ。しかし、2008年になり、バツ2になっていた別れた恋人から、「もしもよろしかったら、結婚してほしい」と求婚されて、それを受け入れた。別れてから、40年後にかっての恋人同士は結ばれたのだ。本人が「こんな話があるのですよ、皆さんも諦めちゃいけませんよ」とある番組で若い女性達に述べていた。

これはなかなかいい話だと思う。40年後も変わらない愛を誓い合えるなんて素晴らしいと思う。YouTube で彼女の最近の歌を聴くと、年齢もあって声は割れているが、いかにも充実した日々を送っているという印象で好感が持てた。

さて、いろいろ脱線をしたが、自分が京都という名前のついた曲に惹かれたのは、やはり京都という名前のブランド力であったと思う。ただ、実際に住み始めると、興ざめな部分がある。自分が住んだのは、いかにも京都らしい左京区ではなくて、住宅街の並ぶ桂川のあたりだ。そのために、京都というと狭い建て売り住宅と貧相なアパート群を思い浮かべてしまう。あのあたりは散歩もあまり楽しくなかった。そんなわけで、京都への憧れの念はさめてしまった。つまり、京都というブランドに対して免疫ができたと言ってもいいだろう。

ただ、チェリッシュや渚ゆうこの『京都~』に関する曲はいまだに好きである。自分が若くて、未来が大きく広がっていた頃の高揚感を思い出させるからであろう。