自己啓発本を読んでみる。
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昨日、久しぶりに、本屋さんに行った。自己啓発本のコーナーでしばらく本を眺めていた。どの本も面白そうである。時間短縮の秘訣、人の心のつかみ方、文章の書き方、とか様々な自己啓発本が並んでいる。

実は、最近この種の本にちょっとはまっていて、何冊か買いそろえている。麻薬のような効果がある。つまり、これらの本を読むと、仕事の能率が上がり、給料も増えて、昇進して、部下や上司と関係が上手く行くような、そんな気になってしまう。いや、すでにそのような効果が上がったような気がする。

そして、もっともっと素晴らしい本があるだろうと思って、次から次と購入してしまう。そんなわけで、この種のたぐいの本はやめられない。麻薬のようだ。もっともっと読んでみたい。

問題は、たいていは、実践しないのだ。読んだだけで満足してしまう。

この種の自己啓発本は昔からあった。私の年齢は60代の後半だが、私が大学生だった50年ぐらい前からたくさんあった。その当時から、人々は対人関係のスキルを磨きたい、節約したい、発想の転換をしたい、仕事を成功させたい、と考えていたのだ。

私が大学生の頃は、糸川英夫の『逆転の発想』という本が評判になっていた。ロケットで有名な研究者が経営コンサルタント的な仕事をはじめて、沢山の本をだしたのだ。内容は、自分が全然思いつかないような話でイッパイであった。もうこの本は絶版だろうと思っていたが、アマゾンで調べたらまだ売っていたのだ。これは驚きだ。今でも買う人がいるということか。

永遠のベストセラーはやはりデール・カーネギーの『道は開ける』である。高校生の頃、父親の書棚から見つけて読んだのだが、内容に驚いた。それまでは、日本人の書いた読書論、人生論を主に読んでいたのだ。だが、『道は開ける』は、内容がきわめて実践的であった。これがアメリカ人の思想なのかと感心した。つまり、他人との関係構築に関しては、日本人筆者は、「真心を尽くして人に接すれば、その心は伝わる」と極めて抽象的な言い方しかいない。一方の、カーネギーは、「他人には有り難う、と必ず言え」「その人の名前をちゃんと覚えろ」「花を贈れ」などと具体的なことが書いてある。そして、そのチェックリストまで付いている。読者は日米の文化比較までしてしまうのだ。

近年は日本人の書く、自己啓蒙書もだいたいカーネギのような実践的・具体的な本が増えてきている。表や画像や写真が豊富で、具体的に何をしたらいいのかがすぐ分かる。私はホリエモン、イケダハヤト、ミニマリストしぶ、という人の本を読んで、このブログでも紹介している。

さて、これらの自己啓発本は面白いのだが、自分にとっては大きな問題がある。それは自分の年齢だ。シニアの人間がいまさら自己啓発本を読んでいったい全体何の意味があろうか、と考えてしまうだ。自己啓発本の目的は、読んだ人が啓蒙される、そして会社で出世するか、起業して大成功する、ことが目的だ。でも、そんなこと、自分は、もう遅いのではと考えてしまうのだ。

シニアの自分、あとは完全引退しかない自分がどうするのか、と考えてしまう。そして、今はやりの自己啓発本のほとんどは30代か40代の若い人が書いた本だ。当然、元気がよい。圧倒されてしまう。しかし、健康とか、年金とか、介護の話などは触れていない。筆者たちは、まだ意識に上らないのだ。

本屋では、シニア向けの自己啓発本は少ない。高齢者(65歳以上)は人口の27.3%である。こんなに沢山の高齢者がいるのに、自己啓蒙書のほとんどは若い人向けだ。

もっとも、自分は、若い人向けの自己啓蒙書も面白いし、けっこう病みつきになってしまう。

でも、本当は、シニア向けの自己啓蒙書を探している。しかし、よく考えたら、シニア向けの自己啓蒙書は書きにくいかもしれない。シニアと言っても、千差万別であるから。男と女で異なる。家族持ち、独身者でも異なる。裕福な老後を迎えて者から、老後破産に脅かされている人まで、さまざまだ。

こんな人たちをひとくくりにして、「何か行動せよ!」と激励する本を書くのは難しい。