一生の仕事を見つけることの難しさ。
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自分は何回か転職を繰り返した。自分の若い頃は、就活とは、一生の仕事をする会社を見つける大事なことであった。

年功序列の世界であり、歳をとると自然と係長、課長、部長、取締役と役職と給料が上がってゆく。一生の職を保証してくれる有難い制度であった。

会社は大きな家族であって、運動会や慰安旅行をして、飲み会があった。人々の絆を結びつける工夫がいたるところにされていた。(自分はこれらに参加することが苦手で、会社の運動会だが、途中で失敬しようとしたが、上司に見つかり叱られた経験がある)

さて、3年もすると自分の適性がわかってくる。会社員に向いていないことが分かってきた。それで退職を申し出たのだ。それは、何回もためらったのちに課長にその旨を告げのだ。それからは、会社では非常に気まずい雰囲気の中で働いた。交代の人が来るまでと4ヶ月ほど職場にいたが、正直言って私の居場所はなかった。周りの人も私をどのように取り扱っていいのか困ったことと思う。そんな経験がある。


それから何回か転職を繰り返したが、これらの仕事は自分のキャリアアップにつながるものであった。自分を成長させてくれスキルアップさせてくれる仕事であることと分かっていたので、仕事を一生懸命に続けられた。つまり、自分は仕事に関しては、恵まれたほうだと思う。

これも最初の数年間の会社員としての経験があったから、そのことが可能だったのだと思う。会社員の時代は自分の人生にとっては、通過儀礼であって、やはり意味があったとは思う。

最近の若い人は最初の就職先で一生いて、そこで骨を埋めようという風には思っていない。2,3年働いて、つまり経験値を積んで、同時に自分は何をしたいのかを発見して、それから就職先を見つけようという人が増えている。

自分の働きたい箇所は大学時代に決めておけと主張する人もいるかもしれないが、やはり実際に働かないと分からないものだ。今の時代は、大学生でもインターンシップを利用して、自分の適性を発見しようとする人が多いのだが、やはり実際に働くことに勝るものはないだろう。

振り返ると、一生の仕事を見つけるのは難しい、と思う。しかし、一生の仕事などと肩肘張ることもない。その時、その時に、やりたい仕事を見つけたらと思う。

今までの年功序列の会社では、自然と給料が上がっていった。中年で子供の教育など一番金のかかる時には、会社からたっぷりと給与がついた。でも、いまでは、年功序列制も弱まった。企業年金制度も取りやめのところが増えた。

企業自体がプロジェクトを企画して、スキルを持った人間をスキルに見合っただけの給料で一定期間雇う。最初から高い給料だが、長くその組織に所属しても、その給料が上がることもない。

プラジェクトが終わったら、グループは解散して、また別のプロジェクトに向けて再集結を図る。そんなことの繰り返しだ。

会社というのはプロジェクトを受注する土台であって、その仕事をこなすのは、臨時に雇われた、でもスキルある人々だ。だんだんとそんな風に社会全体が向かっていると感じる。

例えば、新型ロケットを開発しようと考えたら、世界中から専門家を集めて来る。もちろん、国籍など関係ない。そして、専門性を持った人には高い給料を払う。どのように人を集めて、仕事を割り振るかという中心的な仕事をするプロジェクトリーダーも臨時に雇われるのだ。

こんな風にして、世界の人が臨時にくっついたり、次第にバラバラになったりする。そんな未来を予想して、それに応じた発想をすでに持っているのは、ホリエモンや楽天やリクルートなどの人々であろう。将来は面白い世の中になりそうだ。

そう、長生きして、その様子を見て見たいと思う。

geralt / Pixabay