テレビを見たくて仕方なかった頃
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我が家でテレビを買ったのは小学生の5年生の時だった。それまでは家にはテレビはなかった。近所の家に行ってはテレビを見せてもらっていた。テレビが本格的に日本に普及し始めのことだった。とにかく、テレビが面白かった。名犬リンチンチン、アニーよ銃を取れ、テキサス決死隊、ハリマオ、怪盗二十面相など面白くて仕方がなかった。

子供達は群れをなして、近所のテレビのある家に「見せてください」と押しかけて、お願いする。ある新婚の家でテレビを購入したという情報が広まる。しかし、子供達がどんなにお願いしてもテレビを見せてくれなかった。今から考えると当然だと思う。新婚の甘い生活を近所のガキどもには邪魔されたくなかったのだ。

そんな時期もあったが、次第にどこの家でもテレビを購入するようになった。我が家にもテレビを親が月賦で購入した。うれしかった。どんな番組も面白かった。その頃は、アメリカの番組を輸入したものが多かった。アメリカのホームドラマで垣間見られる生活様式など日本との生活が違いすぎて驚くほどだった。アメリカの平均的な家庭では車を所有しているのに、我が家ではお金を貯めて何とか自転車を買いたいと思っていたのだ。

私が高校生の頃か、白黒テレビからカラーテレビに買い換えた。カラーの画面はやはり迫力があった。毎週の大河ドラマ、年末の紅白歌合戦などは、欠かさず見ていた。

そんなことを思い出した。50年ほども昔の話だ。今では、全くテレビは見ない。テレビの画面は大きくなり解像度もよくなった。番組も山ほどある。そんな時代なのに、自分のテレビへの関心は失ってしまったようだ。あえて言えば、昔見て感動した番組をもう一度、見てみたい気もするが、おそらく、ちゃち だなと思って失望するだろう。

ところで、50年前に戻りたいと思うか、と問われれば、「いや、これでいい」と自分は答えると思う。自分は色々と人生の要のところで、複数のラッキーなことが重なった。それゆえに、今の自分がある。もう一度若くなっても、再度上手に乗り切れる自信はないからだ。自分の実力からすると、本当は社会の底辺にいてもよかったくらいの実力なのだ。

そんなことを考える。正月だかだろうか。

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