天地真理の復活
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2016-01-17

このブログだが、相変わらず読まれるのは天地真理に関する記事である。このブログは過去1ヶ月に読まれた記事の統計が示されるようになっているが、上位はあいわからず天地真理に関する記事である。このあたりの事情は自分はよくはわからない。どうしてかという疑問を自分はいつも考えていた。

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例えば、似たような芸能人である吉永小百合と比較してみる。吉永小百合は年を取っても相変わらず美しいし、巷での評判も良い。お金もたくさん稼いでいるし、好感度が極めて高い女優である。つまり勝ち組である。

ただ、吉永小百合は完璧でスキがないので、自分は個人的にはあんまり好まない。ところが、天地真理の方は大好きである。これは天地真理はスキがあるというか、自分自身の生活を投影できるから好むであろうか。多くの人も同じように考えるのではないか。

つまり、吉永小百合ならば、そのまま高く飛んでいくのであり、我々には無縁の世界に生きているという感覚であろうか。

このあたり、難しいが何とか言葉を見つけて述べてみたい。つまり、天地真理は天国と地獄を経験した人であると感じるのである。芸能界の高い高い山を登ったので、低い低い谷にも降りなければならなかったのが彼女の宿命であった。

比較になるかどうか分からないが、イエスキリストのことを考えてみたい。イエスはユダヤの人のメシアとして讃えられた。そして、人気も絶頂の時に、捕らえられて、処刑される。処刑される時は、茨の冠をかぶせられ、長い道を重い十字架を抱えながら歩かされる。そして、盗賊と一緒に貼り付けの刑に処せられる。屈辱の極みである。

しかし、処刑になってから復活して、天の高みに上って、それを契機としてキリスト級が広まった。つまり、キリスト教が広まるためには、イエスは一番深い谷に下りていかなければならかなった。一番深い谷に降りた人であるから、人々の共感と同情を得ることができたのだ。

イエスの伝記を読むと、このあたりの事情が明確になる。4名の有能な書き手がそれぞれ福音書を書いた。彼らはイエスの生涯を直接見たわけではないが、イエスの生涯をドラマ化するには極めて印象的な書き方をした。よって人々は従ったのだ。

天地真理は、ほんの数年あいだに、芸能界の高みをあって、そして、そこから無名の闇に沈んだ。神がかった美しさから、何十年後にテレビに現れた時は、体重のコントロールのできていない姿を示した。また清らかさの象徴であったような人が、裸の写真集を出したり、ポルノに出演した。

豪華なマンションに住み高い報酬を得ていた人が、今では老人向けのマンションに住み娘さんからのわずかな支給でほそぼそと生計を立てている。あれほど賞賛されていた人だが、今では週刊誌に書かれて好奇の目にさらされている。

彼女は芸能界の高みと墜落の両方を経験した人である。しかし、それだからこそ、私たちの共感と同情を得るのだ。私たち庶民は自分の生活をそこに投影することができる。私個人の生活だが、少ない年金生活で将来どのようになるか分からない。これからどん底の落ちるかもしれない。そんな私たちは、天地真理に復活のドラマを見せて欲しいと願うのである。

白雪姫と言われた天地真理だが、伝説の白雪姫は魔女からの毒リンゴで倒れるという谷の底を経験したが、やがては見事に復活した。天地真理の復活はあり得るのではないか。