宝石を考える。
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2016-06-13

昨日の午後は家内とイオンに買い物に行った。スーパーマーケットに行く途中に宝石店があった。家内はそこに入りたがったので、自分も付き合う。家内は一生懸命に見ている。店員さんが説明をしてくれた。でも、自分は宝石に興味を持つ人間がまったく理解できない。

ピアスなどを耳に穴を開けてイアリングをぶら下げるのは面倒くさいことだと思う。ネックレスなどを首にぶら下げるのは首がかゆくなり気持ちが悪いような気がする。

宝石の効用を考える。どうして、ある人々は宝石をつけて喜ぶのだろうか?その理由を愚考してみる。

(1)宝石は昔は魔除けだったのだと思う。刺青と同じで、悪魔が取り付くのを撃退する働きがあったのだろう。神秘的に輝く宝石には何か霊験豊かな効用があると考えられていたのだろう。その伝統が今も残っている。

(2)戦乱の続くヨーロッパなどでは、全財産を宝石や金に換えておくのだ。家や一般の動産は逃げる時には持っていけないが、宝石類は身につけて運べる。金などもブレスレットやアンクレットにして行けば、カバンやバッグなどを失っても何とかなる。

(3)富の象徴として、他人に見せびらかす機能がある。(これは自分としては、強盗に付け狙われてマイナスの効果だと思うが、どうだろうか。お金はないふりをしたほうが無難だと思うのだが)


思いつく点はこんなところだ。でも、今の日本は安定しているから、財産を金や宝石を換えて持ち運ぶ必要もないだろう。魔物もどうやらこの世界にはいないようだ。宝石を身につけて富を見せびらかすのは却って危険だと思う。

てなことで、自分は宝石不要論者である。だからと言って、家内に自分の意見を押し付けるつもりはないが。

ところで宝石で不思議に思うことがある。古来、次から次と宝石が生み出されている。消耗品ではないので、宝石は捨てられないで、いつまでも代々子孫に受けづがれる。捨てないのであるから、もう膨大な数の宝石が蓄積されているはずだ、しかし、そこらじゅうに宝石があるというわけではない。まだ十分に溜まったいないのかもしれない。だが、あと2千年もしたら、この傾向が続けば、世界中は宝石だらけになるであろう。すると貴重価値がなくなるので、誰も宝石に見向きもしなくなるのかな。

photo credit: The Hope Diamond I via photopin (license)
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