ちきりん『未来の働き方を考えよう』を読んでみる。
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ちきりん『未来の働き方を考えよう』という本を読んだ。この本を読んでいながら、自分自身のことを考えたら可笑しくなった。なぜなら、自分は今は60代の半ばで、もう、未来の働き方を考える、年齢を過ぎたのであるからだ。

今、自分は嘱託の仕事を持っている。年金も満額ではないがすでに受けている。今は慎ましやかな生活、節約人生を送っている。そんな自分が未来の仕事の心配をする必要はないのでは?せいぜい、健康法の本でも読んで、長生きのコツでも探る方が有意義ではと思ったりもする。

でも、ゆっくりと読んでみると、シニアでも学べることがたくさんあることが分かった。先日、ホリエモンと落合陽一の『10年後の仕事図鑑』を読んでみた。その本は面白かったが、ちょっと話を盛ってあるという印象も受けた。つまり、本人たちも「本当にそうかな?」と思っているような話を、読者を脅かすために、堂々と書いてあるように感じだ。

しかし、このちきりんさんの本は、彼女の実体験に基づいた、彼女が本当にそうだ、と確信できたことだけを書いてある。その意味で、安心して読めるし、納得ができる。ホリエモンの本も面白いが、ちきりんさんの話は、説得力がかなりあるということだ。

面白かった点、学んだ点を下に箇条書きにして示す。

(1)日本の鉄道は秒単位まで正確であり、そのことを日本人は誇りに思っている。しかし、そのことは逆に言えば、運転手や車掌は秒単位で運行するストレスにさらされているわけだ。(p.112) アジアのおおらかさ、いい加減さが、実はその人の生き方に向いていると感じる人もいるわけだ。

自分はこの年になっても、手帳を持って次の仕事のリストを常に参照している。おかげで大きな見落としはないが、ストレスであることは間違いない。まったく、ストレスがかからない無の時間が必要だな、と思う。口の悪い人は私に対して「お前には、すぐに長い、長い、無の時間が来るのだから、安心しろ」と茶化すかもしれないが。

(2)誰も読み返さない会議の議事録でも何度も読み直して上司のチェックを受けて完成させるという意味の分からない仕事がある(p.94) 確かにそうだ。自分は若い頃に会社員をやっていた。決裁書に捺印をもらうために、5人ぐらいの上司に毎回同じ説明をすることがあった。上司も何も言わないのもいけないと思っているのだろうか、私が説明するたびに、提案をする。自分はその提案を受けて上申書の書き直したりするが、本当にくだらない仕事をしていたと思う。

現在のモリカケの騒動だが、こんな騒ぎがあると、議事録は無難なことを書くようになるだろう。「~に付いての議論があった。次回以降にさらに議論を深めることになった」という程度の議事録になるだろう。私自身も、いろいろと突っ込まれた経験から、議事録などはできるだけ余計なことは書かないようにしている。

(3)「これからの若い人はできるだけ市場感覚が身につく仕事を選べ」(p.207)というのも納得できた。自分は大会社、公務員、私立学校の教員という風に仕事をしてきたが、自分の才覚でお金を稼いだという気持はない。組織の稼いだ金を、少々おこぼれをもらって生活してきたという感じだ。だから何も生きてゆくスキルは身につかなかった。

ちいりんさんのように、鋭い市場感覚があれば、自分の価値が分かって、自分の売り出し方、セルフアピールができて、執筆や講演やブログなどで稼ぐことができたのだな、と考える。

(4)p.152に「ゆるやかな引退」を提唱している。定年退職したらと言って、まったく今までとまったくライフスタイルを変えるべきではないと述べている。ちきりんさんは「プチ引退」(p.154)で述べているように、半年だけ働く「シーズン引退」、週に2,3日だけ働く「ハーフ引退」、好きな仕事だけを引き受ける「わがまま引退」などがあると述べている。

自分は引退とは「完全引退である」と長らく考えていたが、少しずつ身を引いてゆく引退があることに気づいた。今の嘱託の仕事もそう忙しいわけではなくて、これもハーフ引退とも考えられるが、体力の衰えに応じて、引退の度合いを強めていけばとおもう。

(5)ちきりんさんは、この本の随所で書いてあるのだが、「人生は二回生きられる」と唱えている。人生が100年時代は、一回一区切りをつけて、若い頃と比べて買う段に知識が増えて知恵もついた頭で、自分の適性を考え直しなさい、と述べている。

これまた自分自身のこととして考えると、60代の半ばでも、もう一回転職は可能だ。70代の仕事を考えてみるべきだな、と積極的に捉えている。つまり、この本を読むことで、シニアの自分も生き方改革をする必要がまだあることに気づいた。そんな風な気持にさせてくれたこの本は、自分にはとても有益であった。