老後が怖い。
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このブログは、「人気ブログランキング」というサイトに登録している。私のこのブログの右側の真ん中にクリックする部分があるが、そこを読者がクリックすると、そのサイト内におけるこのブログの順位が上がるという仕組みである。自分のブログは、そこの「日記・雑談」という大分類の中の「年代別の日記」の中のさらに「60歳代」という細分類に属する。

60歳代の日記は自分には同年齢の人々の日記であり、毎回興味津々で読んでいる。概して人生に対して前向きな人が多いようだ。心の中には、鬱をかかえていても、ニコニコ笑って楽しいことをブログに書いているように感じる。

私もそのようにしたいと思う。面白いこと、楽しいことをブログに書いて、自分自身を鼓舞しようとしている。こんなことを発見した。こんなことを体験した、というような話を書くことで一日が豊かになるように感じられる。

しかし、時々は落ち込むことがある。最大の原因は自分の年齢だろう。現在は「老」であるが、しばらくすると「病」がはじまり、すべての人の行くべき道「死」へとつながっていく。でも、そんな怖いことは考えたくない。毎日を楽しく、何かを発見して、そのことをブログに綴ることで一日を充実した日にしようとしているのである。

そんな風に考え始めると、他人のブログ、楽しそうな毎日を報告しているブログも、かなり無理をしているのではという気がする。充実した日々を報告しているブログも、時々は、死への恐怖が示されている、と読み取ることができる。

あと、何年生きられるか考えることがある。十年ぐらいか、上手くいけば二十年ぐらいは生きられるかもしれない。それには、健康であることが必要だ。自分の小学生の頃、母方の曾祖父は体が不自由になってから、家族から嫌われて厄介者扱いになっている姿を見てきた。公然と「お爺や、もう死んでもいいやろ」と息子(私にとっては祖父)から言われていた。それを聞いて、耳は遠いのだが、意味は分かり、憤慨していた。顔をゆがめて何かを言いたいようだった。しかし、口が麻痺してして言い返しができなかった。曾祖父が死んだときは、家族がほっとしたことを覚えている。

その息子(私には祖父)もその番がきた。転倒して骨折して寝たきりになった。家族から嫌われて、「はよ、死んどくれ」と言われたりした。トイレには一人で行けないようになった。下の世話は誰もが嫌がった。そして、なくなったときは家族がほっとしたものだった。

さて、その息子(私には叔父)は数年前になくなった。それは病院でなくなったのだ。そのために家族にはあまり負担にはならなかった。この介護保険制度は非常にありがたい制度だと思う。金銭的な負担を軽減してくれる。

自分の経験からは、老人たちを家族が面倒みることは、必ずしも手厚い介護を意味することはない。むしろ、老人虐待の姿を見てきた自分は、自分の時には、家族からの介護は希望しないのである。できたら、老人ホームへ、動けなくなったら、療養型の病院には行って、看取ってもらいたい、と希望する。

金がなければ、自宅で家族から介護を受けるのだが、家族は嫌がるだろうと思う。そのためには、金をある程度貯めて、施設には入れるようになりたい。老人ホームには、ブラックの施設があり、そこでは大部屋に何人もまとめて詰め込まれて、オムツの換えも無視されて、といような記事を新聞で見たりする。やはり、高級な老人ホームに行くべきだな。大切なものは金だな、と強く感じる。

これからの老後が怖い。寝たきりの防止、健康の維持の方法、脳梗塞の予防、などに関心がある。そんなことのヒントを得られないかと自分は「人気ブログランキング」の「60歳代」のブログを読む。

対策として、何ができるのか。節約と暴飲暴食を避けること、ストレスをためないことかな。

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