週刊新潮の記事
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今日は、私は何故か『週刊新潮』4月26日号を買ってしまった。コンビニでちらっと眺めていたら面白そうなので、つい買ってしまった。私は新潮も文春も買わない方針だったのだが、今回は例外的に買ってしまった。

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読んだ感想は「特に目新しいことは書いてないな」である。今までにネットで報道されていることを上書きしただけである。でも、けっこう売り上げはあがって新潮はしたこま稼いだであろう。

ところで昨晩、テレビ朝日が会見をして、セクハラ被害にあったのは自社の女記者であると告げている。そして、情報が新潮に流れたのは遺憾であるということも言った。

各情報を総合すると、この女性記者は1年半にわたり、福田次官の担当の記者として会見してきた。何回も二人だけで会見している。身の危険を感じたので、会見を録音するようにした。自社の上司にセクハラ被害を訴えたが、もみ消された。それで仕方なしに『週刊新潮』に暴露して、録音データも渡したということだ。

福田次官はセクハラで有名な人であった。一昔前なら、「変態じいさん」の一言で片付けられる問題だった。私の経験でも、いわゆる「すけべ親父」や「スケベじいさん」と呼ばれる人はどこでもいた。でも、特に糾弾されることはなかった。女同士の間で「あの人には気をつけなさい」という警告が発せられるだけだった。ただそれだけであった。

しかし、アメリカから Sexual Harassment という概念が取り入れられて、 日本でもセクハラという言葉が流行し始めた。一昔前ならば、そのような仕打ちを受けると、「困った人だ」と苦笑していたのが、「これはセクハラだ、許されない行為である」という意識が高まった。昔ならば、泣き寝入りしていた出来事が、社会的制裁を受ける対象となってきたのだ。

どの会社も「セクシャルハラスメント防止委員会」という組織を立ち上げて、社内のセクシャルハラスメント防止に努めているという姿勢を見せている。これはこれでいいことだろう。

これが政治の世界になるとやや複雑なことになる。与党と野党が対立している。味方がセクハラをしたらかばうが、相手がセクハラをしたら強く非難するという構造だ。

マスコミは福田次官ならば、女性記者を担当にして、特ダネを取ってこいと姿勢だ。女性に甘い次官ならば、美味しい話しでもしてくれるだろうという打算がある。女性側もそのことは十分に意識している。

そんなことを考えたら、何が何だかさっぱり分からなくなった。福田次官=悪、という単純な公式ではないことは分かった。

与野党ともセクハラで大騒ぎしているが、福田次官が辞職したら、ここらで終わりにして、年金問題とか、医療費の問題、介護保険費のことなど、国民生活に直結する話題を議論してくれ。