母の介護の最終段階
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母は施設や療養病院のお世話になりながら死を迎えた。月ごとに身体が弱くなっていった。病院では、胃から(胃瘻)で栄養を補給していた。胃瘻による栄養補給は小一時間ほどかけて行った。あまり急いで行うと下痢をしてしまうのでゆっくりとおこなう。しかし、最後の数か月は胃瘻もだんだんと難しくなっていった。

胃瘻が難しくなったので、栄養を取るために、手の甲に点滴で栄養剤を注入していたが、毎日のことであり、血管は腫れて、内出血がひどくて、どこにも注射を打つ場所がなくなってしまった。足に点滴を打っていたが、そこも、だんだんと注射を打てる箇所が見つからなくなっていった。

母は寝返りもできなくなったが、スタッフの方が数時間おきに母の身体の向きを変えて、床ずれ(褥瘡・じょくそう)にならないように配慮してくれた。専門のスタッフの方が、一生懸命に介護していただいたので、母は施設や病院に入っても数年は生きることができた。これが自宅での介護ならば、そんな風には行かなかったと思う。

最後の段階では、排便さえもできなくなるのだ。腸の筋肉が弱くなり、便を押し出すことができなくなる。それで、毎朝、看護師さん(あるいは医療スタッフの方)がきて、浣腸をしてくれた。毎朝であるので、これは大変だなと思った。

また、排尿もむずかしくなるのか、カテテールから尿を排出しているが、赤い血が混じったりしていて、腎臓が上手く機能していないようだ。そして身体のなかに尿が入り込んで足などがむくんでくる。それから、10日ほどで母はなくなった。

現代医学の力で母を極限まで生かしてもらえたと病院には感謝している。介護保険なども使わせてもらって財政的な負担もかなり軽減された。


ふと自分の時はどうなるのかと考える。医療費も介護の費用も、そのときはかなり高くなっているだろうなと思う。自分が施設に入るだけのお金が準備できるのか。母の時は、年金もまだかなりもらえて、金銭的に余裕があった。だが、私の年代は、もうそんな余裕はないだろうなと思う。

自分の老後をどうするか。自分は、まだ元気だが、施設に入るお金を貯めるためにだけ、一生懸命になるのでは、あまりに寂しいと思う。旅行したり、買い物をしたりとお金を楽しみたいとも思う。この段階で自分の介護のことなど心配したくない。

どうしたらいいのか。60代の自分は非常に迷ってしまう。