血圧の薬は飲まなければならない
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2015-11-30

若い頃は血圧の意味がよく分からなかった。会社の中高年の人たちが血圧の話をしていてもキョトンとしてよく分からなかった。そんな自分だが、血圧が高いと言われるようになったのは、50代になってからだ。自分もいよいよ血圧の心配をしなくてはいけないのか、とやや気落ちしたことを覚えている。

父は血圧が高かった、そして、薬を服用していた。しかし、薬が効きすぎて血圧が下がりすぎる、とこぼしたりもしていた。そして、医者から指示された薬を時々は無視したりしていた。自己流に血圧を管理するのだと言っていた。血圧の本などを読んである程度は血圧のことは知っているという自負心、田舎の医者よりも俺の方が血圧の専門家だとでも思っていたのか。

ある日、実家の母から夜電話があった。父が倒れたという電話だ。私が病院に到着した時はすでに遅かった。父の顔を触ってみたら、体温は完全になくなり冷たいひゃっとした感じがした。これが死なのだなと実感した。

母から聞いたが、父は医者からもらった血圧の薬を完全に無視していたようだ。自己流の素人療法で血圧を下げるという工夫をしていたようだ。が、くも膜下出血で仕事場で倒れているのを夜中に母に発見された。時すでに遅しで、救急車を呼んだがダメだったようだ。

それ以来、血圧の薬は医者の言う通りに飲まなければならないと思っている。さらに身近なもうひとつの例を知っている。ある外国人の英語教員だ。若い時から血圧が高くて、歯医者に行った夜中に口から血がたくさん出たそうだ。これは血圧と関係するそうだ。

この人も血圧の薬をあまり飲まなかった。若いのに血圧の薬を飲むのを恥ずかしいと感じたのだろうか。とにかく血圧の薬を自分はまだ若いから大丈夫だと無視することもあったようだ。そして、ある日、脳出血をおこした。血管が切れたのだろう。

1年ほどで復帰したが、からだは完全回復とはいかなかった。特に舌や口の動きが不自然となった、外国人の英語教員はネイティブの発音を聴かせることで重宝がられている。しかし、その発声がうまくいかなくなると、その人の存在意義は減少する。その外国人は職場は続けられたが、補助的な仕事をすることが中心となった。

その外国人教師もからだが以前のように復帰しない点はさぞ残念なことだと思う。

とにかく、自分は身近な人の例を二つ知っている。医者から処方された通りに血圧の薬を飲むことが大切だが、飲まなかったゆえに、逆襲を受けたのである。

自分は、なんとか、元気でもう少し生きたい。そのためにも、血圧管理が必要だ。医者の指示をきちんと守ろうと思う。

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