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2015-11-16

天地真理の男性版はだれかと考えたら、舟木一夫であるという話を先日アップした。両方ともさわやかさが特徴である。舟木一夫の歌詞は青春をうたい上げたものが多い。学園ソングにはなかなか魅力あるものがある。とりわけ歌詞は魅力的である。

これを歌のリズムの点で考えてみたい。歌謡曲は大体が75調が多い。それで、舟木一夫と天地真理の歌をリズムの点から見ていく。撥音、拗音、促音などは一つの音節と考えるべきなのだろうと思うが、このあたり厳密ではなくてある程度の見当をつけながら記していく。

高校三年生(作詞 丘灯至夫)1963年 前が歌詞、後ろが音節の数

あかいゆうひが こうしゃをそめて 7-7
にれのこがけに はずむこえ 7-5
あああああああ  こうこうさんねんせい  7-5
ぼくら はなればなれになろうとも  3-12(7+5)
くらすなかまは いつまでも  7-5

恋する夏の日(山上路夫作詞)1973年

あなたをまつの てえにすこうと  7-5
こだちのなかのこる しろいあさもや  8-7
あなたはくるわ あのこみちから 7-7
じてんしゃこぎ きょうもくるわ 5-5
ことしのなつわすれない 6-5
こころにひめいつまでも 7-5
あいすることを はじめてしった 7-6
ふたりのなつよ きえないでね どうかずっと 7-6-5

これが三橋美智也の古城だときれいに75調になっている。1959年の曲で作詞家は高橋掬太郎(たかはしきくたろう)である。古城のはじめを下に記す。

まつかげさわぐ おかのうえ 7-5
こじょうよひとり なにしのぶ 7-5
えいがのゆめを むねにおい 7-5 
あおげばわびし てんしゅかく 7-5

このように三橋美智也、舟木一夫、天地真理へと時代が進むにつれて、歌謡曲における75調という約束事が次第に守ることが難しくなっていく。それは、外来語の導入や、外国からのリズムが日本に急速に入ってきたことと関係する。

最近のJポップなどは英語が半分、日本語が半分という歌詞の内容で、こうなると57調も75調も歌詞からは消えてしまう。英語の歌はリズム感をつくるために、各行の終わりは韻をそろえてある。ビートルズの曲も歌詞はきちんと脚韻が踏まれている。

自分はある仮説を持っていて、それは歌が変化しつつあるとしても、やはり芸術なのであるから、形式は必要であると考えている。どんな形式へと落ち着いていくのであろうか。脚韻だろうか、「せぶん、いれぶん、いいきぶん」 のように脚韻を踏めばリズム感は出る。

とにかく、こんなに日本語は急速に変わりつつある時代は、ただ見守るだけしかできない時代かもしれない。

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