ホリエモンが文春を非難する。
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2016-02-01

ホリエモンが今回のベッキーの騒ぎに関して文春を非難している。今回の記事は他人のプライバシーを徒に暴き立てて大騒ぎをしているだけで、何の発展性もないことだと言う。そして、文春のようなゴシップ週刊誌を購入する人を非難している。ホリエモンの言葉によれば、

読むクズが求めるから書くクズがそれに応えて増長する。買って読んだ時点で文春を批判する資格は一切無い。

私もクズの1人になる。ベッキーの不倫騒ぎが知りたくて、野次馬根性で4週連続で週刊文春を買ってしまった。なんと、1600円という大金を文藝春秋社に投じたことになる。さて、「読むクズがいるから書くクズがそれに応える」という指摘だが、ホリエモンの言うことは確かにそうなのだが、しかし、人間には好奇心というものがある。本当はベッキーと川谷と川谷の奥さんの3人だけの話にいつの間にやら外野も一緒になって大騒ぎをしている。大騒ぎをして、それを楽しんでいる構造がある。

文春は雑誌の売り上げ数を上げることが目的であるから、どんなことでも書く。結果として、時にはいい仕事もする。今回の甘利大臣の汚職の暴露などは政界を正すという意味ではいい仕事をしたことになろう。このような刑法の犯罪ならば、権力を恐れず堂々と記事に取り上げた心意気は見事である。

しかし、単にプライバシーを暴き立てることならば、一般人であれ、芸能人であれ、あんまり感心しない。もっとも、『週刊文春』を買ってしまった自分が言うのも何だが変だが。

しかし、今回は注目を浴びたという点で、被害を受けた芸能人と週刊文春の共存関係が見てとれる。つまり、スキャンダルであっても、注目されることは芸能人にとって大切なことであろう。これだけ話題を提供したせいで、ゲスの極み乙女の曲『両成敗』はオリコン一位となった。またコンサートも大盛況であったそうだ。まさしく、「文春にありがとう」である。

また、ベッキーもいつまでも皆から好かれるキャラクターを演じるのは無理であろう。そろそろキャラの変え時だったのではと思う。「これからは悪役も引き受けるようにしなさい」という神様からのメッセージだと考えればいいのではないか。

さて、プライベートなことは、当事者の3名でゆっくりと話し合って、あるいは近しい親族も参加して話し合いをすればいいのではと思う。

ところで、われわれ外野のスタンスであるが、時々は好奇心から面白そうな記事を週刊誌やネットを読むぐらいは許されると思う。ホリエモンみたいに「週刊誌を購入する人間はクズだ」と叱るのは言いすぎではないか。ほとんどの人がちょっとした好奇心で記事を読むのであって、要は他人事である。単調な生活をちょっと面白くしてくれる話として受け入れているだけではないか。

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