老いを迎えるということ
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2016-04-22

人間は誰でもいつの日にか年を取る。自分も若い頃はまさか自分がいつの日にか50歳になるとか、60歳になるとは信じられなかった。しかし、その日は現実になってしまった。

ただ、ただ、不思議である。この前だが、50歳の人とお話をする機会があった。その人がとても若く見えた。自分の今の年からすると、40代や50代は若くて輝いて見える。ましてや、20代や30代は信じられないような若さだ。

自分の年長の親戚はもうほとんどいなくなってしまった。昨年は母をなくしたし、13年前は父をなくした。もう両親はいない。おじやおばで、残っているのは数えるほどだ。

寝床の中で天井を眺める。単身赴任で今はアパートに一人暮らしだ。一番人生で楽しかった時期は、両親が健在で、二人の子供がまだ幼児で、時々一家そろって食事をしたりした時だったと感じる。

そんな時期はあっというまに過ぎ去った。子供たちは大きくなった。そしてもうじき、巣立っていく。家内は子供たちと離れたくないと、いつまでも一緒に住みたいと言う。しかし、そんなことが可能なはずがない。

人間は一人きりの孤独な存在だ。でも、「孤独だ」と言って、そんな気持ちをブログに書き込めるうちは、まだいいのだろう。もうじき、何もする気が起こらないで、一人部屋の中にじっとしているだけになる。

何かを変えなくては、残された時間を有効に使わなくては。

今日は天気が良さそうだ。職場まで車ではなくて、自転車で行こう。時間はかかるけれども、何かを変えなくては。

photo credit: Lady with Cane - Reggio Emilia, Italy - 1991 via photopin (license)
photo credit: Lady with Cane – Reggio Emilia, Italy – 1991 via photopin (license)