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久しぶりに本屋に行ってみた。老眼が進んで本を読むのが辛くなってきたので、最近は本屋に滅多に行かない。
今日は待ち合わせの時間つぶしに本屋にぶらりと立ち寄る。ふと、『書いて安心エンディングノート』というタイトルに目がとまる。
どんなことが書いてあるか、手に取ってパラパラと目を通す。これは、終活の本である。どのようにしたら、人生の最期をきちんと迎えられるか。どうしたら、家族に財産などをきちんと引き渡せるか、その手順が書いてある本だ。
ノートであるから、自分で書き込む箇所も多い。貯金通帳の場所やどのハンコを使うのか。そうもしも、今自分が逝ってしまったら、家族は貯金がどれくらいあって、どの銀行に預けてあるか全く分からないだろうと思う。家族に伝えるべき情報を書き込む欄がある。
さらには、葬式はどのような形式で行って欲しいか伝える欄がある。残された家族はこの部分を読んで、「お爺ちゃんは簡素な葬式を希望していた」とか、連絡する人々の一覧表を見て、連絡すべき人々を知るのだ。
お墓の希望までも記す部分がある。大抵の人は、「〜家の墓」に入るのだろうが、人によっては特別な希望があるかもしれない。旦那の横暴に苦しめられた奥さんが、「旦那と同じ墓に入るのは嫌だから、実家の方の墓に入れてくれ」と希望することもあるのだろう。
しばらくこの本を読んでいた。本屋でこんな本に目が行くようになったのは、近年、紛れもなく自分が終活のことを意識するようになったからである。
私と家内とは10歳ぐらい年齢差があり、男女の平均寿命の違いから、家内は私よりも15年ぐらい長生きをするだろう。家内からは、「十分なお金を遺して逝くように」と言われている。しかし、この私という老人、今からどうやって大金を貯めるのか。
今、嘱託の仕事で細々とお金をもらっている。年金も満額では無いがもらっている。でも、子供の教育費で大方が消えてしまう。子供が大学卒業したら、貯金するだけの余裕が生まれるかもしれない。いや、家の修理屋、車の購入なので、たまる見込みはない。
家内には「何かあったら、二人の息子に頼ってくれ」と言うだけだ。でも、小金があれば、息子たちも家内を歓迎してくれるだろうから、何とか家内にはある程度の金は遺してやりたいものだ。