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2016-08-28

AKBの『恋するフォーチュンクッキー』という曲を聴いてみた。まず、フォーチュンクッキーとは何か分からないので、ネットで調べると、以下のような説明がある。

フォーチュン・クッキーまたはおみくじクッキー (fortune cookie) とは、その中に運勢が表記されている紙片(おみくじ)が入っている菓子である。アメリカ合衆国・カナダの中華料理店において食後に提供されることが多い。中国本土では見られなかった習慣であることから、日本の江戸時代の菓子が移民によってアメリカに持ち込まれたとする説が有力。。。

「おみくじつきのクッキー」のことのようだ。この歌詞を作った人は、秋元康だが、このようなアメリカの習慣も知っていたのか、と感心する。作詞家は物知りでなくてはならないのだなと再認識する。ところでこの曲の歌詞だが次のような部分が最初にある。

まわりを見れば大勢の可愛こコたちがいるんだもん
地味な花は気づいてくれない。Yeah Yeah Yeah

しかし、この歌詞を歌っている女性たちは、トップクラスの可愛い子たちである。この歌詞を聞いてやや白けてしまった。この歌を歌っている女性たちが地味ならば、「華やか」と言える女性はこの世の何処に存在するのだ。最高級の容姿を持つ女性たちが「自分は地味である」という歌を歌うなんてインチキだ。などと野暮なことを言ってみる。

スクリーンショット 2016-08-28 21.25.39
公式ブログより

一般に女性の美の基準は毎年高くなっているのではないか。毎回テレビには美しい女性が次から次と登場する。いや、テレビ番組だけではない。先般、女性騎手の特集をしていたが、全員が美人なので呆れてしまった。騎手も美人でないといけない時代なのか。アナウンサーも美人だけが登場する。もう少し、普通の容姿の女性も登場すべきと思うが、視聴率を下げることになるので、どの局も好まない。

テレビは洗脳マシンであると思う。「女性の容姿はこれである、これでなければならない」というメッセージを絶えず視聴者に送り込んでいるのだ。テレビの歌手のような容姿に一歩でも近づこうと女性たちは整形、化粧をする。男性はこんな人と恋をしたいと考えるようになるのだ。

これでは、ラットレースである。そうではなくて、百点満点で70点ぐらいでいいのではないか。常に満点を、もっともっと美しく、もっともっと魅力的にという競争は女性をストレスに追い込む。

レストランの味も、お店のサービスも、鉄道のサービスも70点ぐらいでいいではないか。蓮舫議員は「2番じゃダメなんですか」と質問して、随分とマスコミから叩かれたが、自分にしてみれば、もっと基準を下げて「5番じゃダメなんですか」と質問したい。

女性たちも全員で話し合って、一斉に「化粧はもうやーめた」とすると膨大な時間とお金を節約できる。でも、やはり抜け駆けをする人がでてきて、一人だけ綺麗になる。すると、他の人も負けじと化粧を始めて、元の木阿弥に戻るのだろうな。

とにかく、ストレスのない社会はどうすれば作れるのだろうか。